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前々回(No211)でIPアドレスの説明をしましたが、その中でIPv6に ついて次回解説をします、と書いておきながら別のテーマを解説 してしまいました。失礼しました。 今回は、そのIPv6が必要だった理由について解説をします。1. IPv6って?
今は、ネットと言えばインターネットのことを指すくらい一般化 しましたが、インターネット以外にもいろんなコンピュータ通信の 方式は存在しています。 物理的にネットワークの線がつながっていたとしても、互いに通信 で使うルールが異なると、通信が成立しません。 日本人同志なら日本語で電話することは難しくありませんが、ロシア 語圏やネパール語圏の人と話ができる人は限られるのと同様です。 コンピュータの通信なら、通信相手の決め方、通信内容の送り方、 エラーが起きた時の再実行手順といった通信ルールを互いに決めて おき、それを守って通信を行う必要があります。 こういった通信ルールのことを「プロトコル」と言います。 もともとプロトコルというのは外交辞礼のことだそうですが、コン ピュータ通信の世界では、上述のようなネットワークでのデータの 送受信のルール全体を指します。 このルールは通信方法によってまるで違います。 その一つがインターネット方式でのルールである「インターネット プロトコル(Internet Protocol)」です。 これを略して、IPと呼ぶのです。 余談 今や、ネットワークといえばほぼインターネットに収斂された感 がありますが、インターネットが考案された当時、組織内はそれ ぞれ個別のネットワーク方式で、外部とのネットワーク接続は 難しいのが普通でした。そこに外部のネットワーク接続の共通 方式としてインターネットが出てきたのです。 これは「インターネット」という単語自体がそれを示しています。 Internet とは inter + net で、ネットとネット間のネット ワーク、ということです。 international が inter + national(国の)で「国際的な」 になるのと同じですね。2. IPのバージョンがなぜ4なのか?
一般的にIPといえば、IPバージョン4のことを言います。 でも、バージョン1とか2とかって聞いたことないですよね? どうしてでしょうか? 実はIPという方式を開発(というより模索か)を進めているごく 短期間のうちに何度か改版され、それが完成形になったのがたまたま バージョン4だったのです。 ですので、バージョン1〜3を知っているのは1970年代の開発に 従事した人くらいですので、知らなくて当然です。3. IPv4が完成形ならIPv6なんていらないのでは?
それでもIPv6の開発に迫られたのは、インターネット自体がIPv4の 想定をはるかに越えて利用されたからです。 IPv4では世界中で約40億台のコンピュータがインターネットに参加 できることになっています。 IPv4が決められた1980年頃はまだまだコンピュータは高価なもの で、金額で言えば最低でも100万円、大きさで言えば小さいものでも 小型冷蔵庫ほどありました。ネットワーク接続ができるようなコン ピュータともなると、大学の研究室や企業の研究部門に少数ある程度 だったのです。 この時点でもパソコンは登場していましたが、当時はネットワーク 接続はできず、電話回線もネット接続など想定されていませんでした。 この環境では、いくら大学や企業がインターネット接続したって40 億台なんて使い切れないくらいの十分な台数だったのです。 IPv4の大いなる誤算は、インターネットが個人のパソコン(PC)や スマホにまで広がった点にありました。4. IPv4のIPアドレスが足りなくなる!
1990年代にパソコンの台数が増え続けます。 1995年にはWindows95が発売され、個人向けのインターネット接続 サービスも始まると、今までには想定できていない数億台のPCが インターネット接続されるようになります。 また、インターネットが広がるにつれ、当初想定していた学術系 のサイトだけでなく、通信販売やエンタメ系の個人が楽しめる サイトが続々と登場しました。 こうなると、当初は余裕のはずだった40億台という上限が深刻な 問題として持ち上がってきました。 これは当時の技術者の間でかなり話題になりました。 ・あと○年でIPアドレスがなくなる! ・早急に新しいプロトコルを決めて移行しないと大変だ! これはIPv4アドレス枯渇問題と呼ばれていました。5. 使われている通信ルールの変更はとても大変
この解決には付与できるIPアドレスを増やせば良いわけです。 だったら、大したことではなさそうですよね。 ところが、インターネットの通信ルール上、IPアドレスは32ビット に決められています。増やすには、通信ルールを大巾に変える必要 があります。 ですが、通信ルールの変更というのは大変です。 通信ルールを決めたって、そのルールに従って動く機器が販売され ない限り、絵に描いた餅に過ぎません。 だからといって、新ルールに従って動く機器が登場すると同時に 旧ルールの機器がいきなり動かなくなるというのも困ります。 (というかありえません) 現実的には、古いルールで動く機器と新しいルールで動く機器が 同時に混在することになります。 ですから、機器と機器が通信を始める前に「お前はIPv6をわかる ヤツなのか?」などと聞いて確認をし、わからないと言われれば 古いルール(IPv4)で通信をするといった工夫が要るわけです。 機器と機器が互いに相手の理解できるルールを認識せず、自分の 知っているルールで通信をしようとしても成立しません。 ロシア人にいきなり日本語で会話したりせず「あなたは日本語を しゃべれますか?」とロシア語で確認し、相手が「ダー(はい)」 と言ったら日本語に切り換えますよね。それと同じことです。 ですから、新しい機器では新しいルールだけでなく古いルールも 使えるようにして作っておくのです。 新しいルールが普及しないと、せっかくの新しい機器でも(新しい ルールを使える相手が見つからず)いつまでも古いルールばかり を使うことになります。6. あれ?でもIPv4って今も使えてるよね?
でも、ここで疑問が生じませんか? 1990年代に「あと数年で枯渇する!」とか言ってた割に、IPv4は 今も使われています。 「シロアリが!」とか「風水が!」てな悪徳商法みたいで怪しい ことこの上ありません。 実はIPv4の枯渇問題で騒がれた時に、いろんな対策が取られたの ですが、その中に強力な対策があったのです。 それは1992年に規定されたプライベートネットワークという方式 です。 それまでインターネットでのIPアドレスは必ず世界中で一つだけ、 というルールで、しかもインターネットに接続するからには必ず IPアドレスが必要でした。 そのため、インターネット接続している企業にPC(パソコン)が 増えれば、その分だけIPアドレスが消費されてしまったのです。 それに対して、プレイベートネットワークでは1つの組織でIP アドレスを1つしか使いません。 組織内のパソコンには組織内だけで使えるIPアドレスを割り当て るのですが、このIPアドレスは通常と違い、世界中で同じIPアド レスがいくつもあってOKなのです。 10万台のPCがある大企業では、従来方式では10万個のIPアドレス が必要でした。ですが、プライベートネットワークではたった 1つのIPアドレスで済み、他は重複してもOKですから、必要な IPアドレス数は劇的に減らせます。 実際、1990年代にプライベートアドレス方式に切り換えた企業や 大学などから大量のIPアドレスが返却されました。 これを再利用することで、数年で枯渇すると言われていたIPアド レスが10年以上にわたって再配布できていたのです。 余談 意識していない方が大半でしょうが、このプライベートネット ワーク方式は家庭でも使われています。 例えば、自宅にADSLや光回線を引いている方はスマホやタブ レットを宅内ネットワークに接続して、IPアドレスを見てくだ さい。 きっと、192.168.xx.xx といった表示になることでしょう。 (ネットワーク環境によって違うかもしれませんが) この 192.168.xx.xx がプライベートネットワーク用のアドレス なのです。7. で、IPv6ってどれくらいIPアドレス増えたの?
ここまで40億台では足りないと何回も書きましたが、ではIPv6で どれくらいにIPアドレスを増やしたのでしょうか? 10倍の400億?それとも1兆?いやいやもっと増やして1京(けい)? いえいえ、IPv4では32ビットでしたが、なんと4倍の128ビットに 増やしたのです。 え?「たった4倍かよ」ですって? いえいえ、よく見てください。ケタ数が4倍なのですよ。 具体的にいきましょう。 IPv4のIPアドレス数は以下の通り。 2の32乗=4,294,967,296 一方、IPv6でのIPアドレス数はこうなります。 2の128乗=340,282,366,920,938,463,463,374,607,431,768,211,456 えーと、3澗(かん)と言うのでしょうか。 とてつもない数であることがわかると思います。 仮にIPv4の時のIPアドレス数(約40億)を毎日消費し続けたとしても 217,063,458,943,189,966,009,709,452 年かかる計算です。 太陽が燃え尽きるどころか銀河系の消滅よりも長そうです。 言い替えれば、毎日のようにIPアドレスを消費し続ける時代が来たと してもIPアドレスが枯渇することはなくなり、それを目的としたIPの バージョンアップが起きることはないと筆者は考えます。8. まとめ
インターネットが始まった頃まだまだコンピュータは高価なもの でしたので、世界中で約40億台ものコンピュータが接続できる ネットワークとしておけば十分だろうということで、IPv4と呼ば れる通信ルール(通信プトロコル)が規定されました。 ところがその後、パソコンやスマホが爆発的に増え、IPv4は近い 将来に破綻すると考えられ、1990年代にIPv6と呼ばれる新たな 通信ルールが決まりました。 ところが、IPv4で問題となっていたIPの枯渇問題は様々な対応策 (特にプライベートネットワーク方式)のおかげで延命され、 現在もIPv4が広く使われる状況となっています。 とはいうものの、既にIPv4のアドレスは再配布も含めて終わって おり、新たなIPアドレスの取得が難しくなっているのは間違い ありません。 利用者からすれば、IPv4であろうとIPv6であろうと大きな違いは ありません。既に使われているIPv4アドレスがいきなり無効に なったりもしません。 ですが、ネットワーク管理者から見ると便利な点が多々あります ので、今後は除々にIPv6を使う機会が増えていくことでしょう。 今回は、IPv6が誕生した経緯について解説しました。 次回もお楽しみに。