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11/30にtwitterなどで、練馬区の中学校で学校への提出物にSNSの パスワードを記入する欄があったということが話題となりました。 今回は、この事件についての解説と、子供のパスワードについて親 がどのように関わることが好ましいか?という点について筆者の 考えを述べます。1. 学校への提出書類にパスワード欄が?
東京都練馬区の教育委員会では、以前からSNS(Social Network Service)上のトラブルを防ぐために「SNS練馬区ルール」という リーフレットを配布していました。 その内容は以下の通りです。 https://www.city.nerima.tokyo.jp/kosodatekyoiku/kyoiku/oshirase/snsrules.html ご覧いただければわかるとおり、ごく常識的な内容と言えます。 もっとも「がんばりすぎないセキュリティ」を主張する筆者に言わ せれば、このリーフレットはやや「がんばりすぎ」です。これを 守らせようとしたって、子供たちは抜け道を探して目的を達する だけでしょう。(この点は大人向けの情報セキュリティ対策と何も 変わりません) さて、このリーフレットには裏面がありそちらは「我が家のSNS ルール」という標題が付いていて、以下のような質問が並んで いました。(一部抜粋) ・スマホ、SNSを使う時間は1日( )時間にします。 ・次の内容はSNSに投稿しません。( ) まあ、一般的な「約束ごと」でよく決める話と言えます。 この中に今回問題となったパスワードを記入する欄がありました。 ・SNSのパスワードは( )です。 このパスワードは( )で共有します。 一体なぜ学校側はこんな情報を生徒に提出させようとしたので しょうか?2. 原因は学校側の説明洩れ
このリーフレットは配布物であり、学校側で回収することを目的 としたものではありません。 この種のリーフレットが配布後そのまま捨てられるケースが多い ことから、生徒に「我が家のSNSルール」を記入させ、それを確認 してから返却する方針の学校もありました。 この場合、問題となるのは上述のパスワードの取扱いです。 他人のパスワードなんて知らない方がいいに決まってます。 学校側だって、そんなものを集めようとは思っていません。 そのため、上記のように一度回収してから返却する方針の場合は、 パスワード欄を空欄にして提出させるように教育委員会から学校に 通達が出されていました。 ところが、この学校ではパスワード欄は空白とする説明を忘れて しまったのです。 学校としては、パスワード記入を目的としていなかったとはいえ、 生徒も家族も惑わせたという点で、非常に迷惑な話でした。 とはいえ、その後の練馬区の教育委員会の動きはなかなかのもの でした。 保護者からの苦情が11/30にSNSで出た翌々日には区内の他校では 同様の事態が起きていないことを確認し、その翌日には区のホーム ページ上にその経緯の報告しています。 非常にスピーディーな動きであり、教育委員会として本件を重視 していることがよくわかります。 その経緯報告は以下に掲載されています。 https://www.city.nerima.tokyo.jp/kusei/koho/hodo/r3/r312/20211203.files/20211203.pdf3. パスワード記入したのはわずか13%
もう、この事故に一点書いておきたい点があります。 学校では中学1年、2年の合計276人から「我が家のSNSルール」を 提出されたとのことです。 驚いたのは、上記の事情にも関わらず大半の生徒がパスワードを 記載していない点です。パスワード欄を書いていたのは、上記の 276人中、わずか36人で、13%という率の低さです。 筆者はこれを見て驚くと同時に頼もしく思いました。今回のトラ ブルと裏腹に練馬の情報セキュリティの未来は明るい(ちょっと 大げさですかね)と感じます。 パスワードを書かなかった理由として、考えられるのは以下の 4つくらいでしょう。 1.生徒自身がパスワードは書かなくて良いと判断した 2.先生が配布時に「パスワードは空欄で良い」と説明 3.生徒が配布時に「パスワードは?」と聞き、先生が空欄で、と答えた 4.生徒の親が「パスワードは空欄で良い」と教えた 情報セキュリティ教育の視点ですと、生徒が書くべきでないと 自己判断できるのがベストで、多くの生徒がそれであれば、練馬区の パスワード教育が非常に優秀であることを誇って良いと思います。 記入しなかったのが、個々の先生の判断や親の指摘であっても 「パスワードを容易に他人に伝えるのは間違い」なのが広く認識 されていることは良いことだし、子供たちのパスワード理解を深める 良い機会にもなったと思います。 一方で、13%の子供が書いたことを重視する方もおられると思い ますが、これもあまり心配することはないと思じます。 生徒が学校に提出する時に意図的に空欄にすることなどまずありえ ません。記入した13%の生徒は「提出物だから書かないと仕方ない」 と素直に考えたマジメな子供たちだったと想像します。 なお、練馬区では「我が家のSNSルール」から今後はパスワード欄を 削除する方針とのことです。4. 親にパスワードを教えるべきなのか?
さて、この事例を踏まえて、子供のパスワードは親が管理すべき なのでしょうか? ※この節の内容は「弁護士ドットコム」というサイトでの練馬区の 担当者へのインタビュー記事をベースにしています。 かなり興味深い内容ですので興味のある方はどうぞ。 https://www.bengo4.com/c_23/n_13870/ 筆者には意外だったのですが、いざという時(本人と連絡が付かなく なった時など)のためにパスワードを教えておくべきだ、という 意見が一定数あることです。 パスワードを他人に教えることについては(上述の通り筆者が意外 に感じた理由についても)いろいろと書くべきことがありますので、 次回にでも解説をしたいと思います。 確かに小学校の低学年など、本人にパスワード管理が行えない場合 に親が手伝うことは良いのですが、子供が管理できるようになって 以降は親がそれを要求することは良くない習慣だと筆者は考えて います。 確かに相手が保護者であれば、大きな問題になることは少ないで しょう。ですが、「パスワードは人に教えてはいけません」と教育 をしながら、「親には教えろ」はあんまりですし、むしろ「信頼 できる人ならパスワードを教えて良い」という間違った知識を定着 させかねません。 情報セキュリティに限らず、教育で大切なのは一貫性だと思います。 一貫性のない教育は混乱を招きますし、知識の定着を難しくすると 思います。 筆者にも子供がいますが、パスワードなどもちろん知りませんし、 知ろうとも思いません。 むしろ必要なのは何かトラブルが起きた時に誰に相談し、どうして 解決に向かうのか?といった情報の共有だと思います。 セキュリティ教育などと言うと「俺にはとてもとても」と尻込み する方もおられるかもしれません。 ですが、実社会での経験はセキュリティ対策としても有用なことは 多いのです。例えば行政機関(警察や役所)への相談にしても、何か 困った時の相談窓口についても子供たちが知らないことをたくさん 知っています。5. まとめ
東京都練馬区では以前からSNSの使い方に対する啓蒙活動を行って います。 そのリーフレットには、パスワードを記入する欄がありました。 多くの学校では、そのリーフレットを配布するだけでしたが、一部 の学校では、そのリーフレットの有効活用のため、生徒に記入を させた上で、面談の際に本人に返却するルールとしていました。 教育委員会からは、その場合はパスワード欄を空欄にさせるという 通達があったのですが、その学校ではそれを忘れてしまい、生徒 から回収をしてしまいました。 結果、回収した276枚の13%にあたる36名がパスワードを記入して いたとのことですが、筆者はこの結果は「パスワードを他人には 教えてはいけない」という教育が浸透している証拠で、誇るべき 成果であると思います。 一方で、パスワード欄があることを「普段は見ないが、トラブル の発生時(帰宅しないなど)の時に利用できる」ことを前向きに 評価する方もおられ、本件の対応の難しさを感じます。 練馬区としては今後はパスワード欄をなくす方向ということです ので、筆者としては歓迎したいと思います。 今回は、「練馬区SNSルール」のトラブルについて解説をしました。 次回もお楽しみに。 (本稿は 2021年12月に作成しました)