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前回は、パスワードを他人に伝えることについて解説をしました。 今回は全く視点が違うのですが、利用者当人が亡くなった場合に 備えて、家族にパスワードを伝えておくべきか?について筆者の 見解を述べます。1. 家族のパスワードを知りたい時
現代においてはパスワードはいろんな場面で使います。 SNSやオンラインバンクといったWebサービスログインはもちろん ですが、それ以外にも暗号化されたファイルのパスワード、スマホ のロック用パスワード、マンションや会社に入室するためのパス ワード、さらにキャッシュカードの暗証番号、バイクや自転車の キーロック番号なども広義のパスワードと言えます。 このように我々は日常的に多くのパスワードを使うわけですが、 他の人のパスワードを必要とするシーンはまずありません。 一体どんな時にパスワードを知りたくなるのでしょうか? 一般的にその当人が亡くなった場合、家族がそのパスワードを 知りたい、とケースが多いようです。 本人にかわって亡くなったことを知らせたい、本人の資産や加入 しているサービスを確認したい、といったケースです。2. 当人がいなくなったらサービスはどうなるの?
突然の事故などで亡くなった場合、その人が使っているオンライン サービスはどうなるのでしょうか? 端的に言えば、何も起きません。 SNSであれば、当人によるログインや発言がなくなるわけですが、 サービス事業者はその後もそのデータを保持し続け、他の参加者が 亡くなった方の過去の発言を見ることも、「いいね」などのリアク ションを行うことも可能です。 有料サービスであれば、代金の支払いも行われます。故人の支払い 口座が停止されれば、引き落としができないことから強制退会と なりますが、支払いが行われる限り、サービスは停止となりません。 一方で、家族としてアカウントを削除したいケースや、そのサー ビスでどんな活動をしていたのかを知りたいといったケースがある ことでしょう。 ですが、パスワード不明ではログインできませんから、アカウント の閉鎖や過去の発言の削除が行えません。 こういったことを考えると、パスワードがわからないと困ってしまう のは確かです。3. かつては困ったことも発生していた
この原稿を書いている2021年現在ではサービス事業者側も種々な 経験を積んでします。 死亡証明書や失踪証明があれば、アカウントの停止や情報開示など 遺族の希望に従っていろいろな対応を取ってもらえます。 (サービス事業者によって対応はまちまちですが) 確かに、かつて(筆者の主観で2010年以前)は顧客が亡くなった 経験のないサービス事業者も多く、亡くなった場合の手続きが不明 なために、アカウントの閉鎖や解約で大変な思いをする場合があり ました。 本人のパスワードがわかれば、当時でもログインして手続きを進め られるのですから、「あの時にパスワードさえわかっていれば、 大変な思いをせずに済んだ」と思う方がおられるのは当然です。 ですが、上述の通りサービス事業者側も様々な経験を重ね、お客さん 対応を改善し続けています。今では当人のパスワードなど知らなくても 十分な対応をしてもらえます。4. 今はパスワードを知る必要などない
実際、いろいろな方が「デジタル終活」と称して、Webサービスなど の解約やサービス変更を行えるように遺言などわかりやすい形で パスワードの記載を勧めておられます。 ですが、筆者はこのような形での開示はオススメしません。 いくつかの理由があります。 まず、他人にパスワードを開示すれば、サービス利用規約違反になる のが普通です。たいていのサービスはIDやパスワードの他人との共有 を認めていません。 まぁ、当人が亡くなって家族がログインしたことで「規約違反!」 などと騒ぎ出す運営サイドはないとは思いますが。 また、実際的な話として、自分が加入しているサービスのパスワード を記録することはかなり大変な作業ですし、パスワード管理アプリ を使っている場合など、当人もパスワードを知らない場合があります。 また、上述の通りパスワードを知らなくても、事業者は遺族の意向に そって対応してくれますから、パスワードをあらかじめ知っておく メリットはほとんどありません。 ただ、一方でパスワードがわかっていれば、本人のフリをして手続き することができます。 この場合、事業者に連絡して死亡証明書などをやりとりするのに比べ、 ずっと少ない労力で済みますが、亡くなった扱いにはしてもらえま せんから、アカウント乗っ取りに気付きにくいなどデメリットも あり、トータルとして得な対応だとは筆者には思えません。5. それでもやっておいた方が良いこと
それでも万一に備えてやっておく方が良いことはあります。 そもそもパスワード以前に、故人がどのサービスに加入しているか を把握できている家族などまずいないと思います。 そういったサービスには証券などの資産、写真などの保管サービス、 動画などのアクセス権などさまざまなものがあります。 その中には写真データのように他では入手できない情報もあるで しょうし、ブログなどの発信情報も含まれるでしょう。 ですから、自分が加入しているサービス名とそのURLとログインIDを、 紙でも電子データでも良いので保管しておくことをオススメします。 (上述の通りパスワードは不要です) webサービスとは関係のないパスワード類(自転車のキーロックの番号、 金庫の番号、ネットワーク機器のパスワードなど)は書いておいても 良いでしょう。 また、会社の上司や同僚に向け、社内システム用のIDやパスワード (これは会社の資産ですので)を伝えることも良いと思います。 こういった目的には遺言メールサービスというのがありますので、 それを利用するのも一案でしょう。 余談: 遺言メールサービスとは、あらかじめ遺言とその送付先を登録 しておき、一定条件を満たした時(運営元から送られてくるメール に一定期間返信しない場合など)にその遺言を送付してくれる サービスです。6. まとめ
あまり考えたくない話ですが、突然に亡くなった場合に向けて家族 のパスワードは伝えておくべきでしょうか? 筆者はパスワードは当人に属するものですから、家族と言えど伝える べきではないと考えています。 2021年現在、多くのサービスでは遺族が申し出ればアカウントの 凍結といった亡くなった方専用の特別な対応を取ってもらえます。 パスワードを知っていれば、故人になりかわってログインした上で 廃棄などが行えるわけですが、これは第三者によるログインであり、 多くのサービスでは規約違反です。 そうでなくても、パスワードを記録しておくのは大変ですし、それ が洩れないように管理するのも面倒な話ですから、筆者としては パスワードを伝えることはおすすめしません。 一方で、亡くなった場合にはパスワード以前にどんなサービスに 加入しているかがわからないのが普通です。 それを避けるため、加入サービスの一覧を作成しておくことは とても有用です。 この一覧は紙で残しても良いですし、遺言メールサービスなどを 利用するのも一案です。 今回は亡くなった場合に向け、パスワードをどのように扱うべきか について解説しました。 次回もお楽しみに。 (本稿は 2021年12月に作成しました)