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メールマガジン「がんばりすぎないセキュリティ」No449 (26/03/09)

エヴァの動画流出事故をリスク管理視点で読み解く(449号)

2026年2月、エヴァンゲリオン30周年記念フェスで上映された会場限定の短編アニメが、思わぬ形で世界中に拡散される騒動が起きました。

この事故、アニメやイベントといった一般企業には縁遠い世界の出来事のように感じますが、実は中小企業による典型的なリスク管理の失敗事例です。

今回は、エヴァンゲリオンの動画流出騒動を材料として、リスク評価(リスクアセスメント)の大切さについてお話します。


1. 動画流出事故の概要

2026年2月21日から23日にかけて「EVANGELION:30+;」というイベントで、会場限定の新作短編アニメが上映されました。庵野秀明氏が企画・脚本・総監修を務める映像ということでファンの期待も高いものでした。この映像は「会場限定」の上映であり、撮影・録音は禁止となっていました。 ところが、一部来場者が動画を盗撮し、上映当日の夜にもSNSに投稿されてしまいます。 主催者側であるスタジオカラーはSNSの運営元に、著作権侵害としてプラットフォームに削除申請を行います。真正の著作権者であることを示すため、申請時に動画の高解像度版のURLを記載しました。 ところが、そのSNSでは、削除申請の本文は、削除対象者(この場合は盗撮公開した人)にも送付される仕組みとでした。 そのため、期せずして高解像度版のURLを手に入れた盗撮者は、その映像も公開し、爆発的に拡散されてしまいます。 最初は「低画質の盗撮動画」だったはずが、主催者側のミスによって「公式の高画質版流出」という、より大きな事故に発展してしまったのです。 インターネット上で一度拡散された動画は、コピーも容易で、完全な回収は事実上不可能です。 ここにきて、会場限定公開だった目玉映像を公式YouTubeチャンネルで公開することを余儀なくされました。 このイベント、目玉となる映像を見るためには、ステージエリアと呼ばれる特設エリアへの入場資格が必要で、そちらが最低でも28,000円とかなりお高い価格設定となっていました。しかも、これ競争率10倍以上の抽選だったそうです。 これが米国なら「会場限定という約束が守られなかった」ということで、集団訴訟に発展した可能性も否定できないと感じました。

2. 当日に行われた動画撮映の禁止の方策

エヴァンゲリオンという作品は、30周年という長期間を経てなお支持されています。 これを知的財産と考えると、極めて価値の高い資産です。 今回は、会場以外での拡散を禁止という制約を参加者に求めているわけですが、具体的にどのような施策を行ったのでしょうか? 映画の試写会などでは、スマホ封印(カメラにシールを貼るなど)や、手荷物の預り、スマホを専用ポーチ(黒い袋でスタッフ以外は開封できない)に入れる、などで盗撮を防ぐ場合が多いようです。 ところが、筆者が確認した範囲(SNSなどでの発言からの推測)では、盗撮を防ぐための具体的な施策はほとんどとられていなかったようなのですね。 冒頭にも書いたように、エヴァンゲリオンという知的財産にはとてつもない価値が含まれています。その会場限定の上映映像ともなれば、盗撮の発生は必然といっても過言ではありません。 それに対して、口頭での注意、参加証への記載程度では抑止力としての効果は低いといわざるを得ません。

3. 主催者はどこまでリスクと考えていたのだろうか?

ここで、筆者は疑問を持ちました。 「主催者側は、盗撮される可能性をどの程度と読んでいたのだろうか?」と。 こういった限定公開という形のコンテンツでは、それを公開してやろうという手合いが必ず出てきます。 それを100%防ぐ方法はありません。 でも、だからといって、ノーガード戦法が正しいわけでもありません。 筆者はこの事件の概要をGrok(Xの提供する生成AI)で確認しました。 ここで感じたのは、「これはおそらくリスクアセスメント(リスク評価)してないな」ということでした。 もし、リスク評価を行っていれば、現地での対応は全く違っていたはずです。 以下の全ては、リスク評価の不在が遠因だと筆者は考えます。  ・盗撮の防止策の不備  ・イベント後の盗撮動画の拡散チェックの遅さ  ・削除申請での失敗 では、リスク評価とは何でしょうか?

4. リスク評価とリスク管理

リスク管理とは、自分たちの事業に発生しうるリスク(危険源)を知り、それぞれについて発生率と影響度を見積もり(いわゆるリスクマトリクスの考え方)、それぞれの対策を考えるという作業になります。 このリスク管理の最初の一歩となるのがリスク評価(リスクアセスメント)です。 この「評価」という言葉、英語のassessment(アセスメント)の訳語ですが、少し分かりにくい言葉ですよね。 一般に「評価」というと、何かの仮説の元で実行してみて、その結果を見て判断する時に使われいます。一方で、アセスメントは、現状チェックのことです。 私見ですが、どちらかというと「調査」と考えた方が通じやすいように感じます。 というわけで、リスク評価とは「現在の状況のままだと、どんな困ったことが起きる可能性があるかな?」というのを考えることです。 適切なリスク管理のためにも「リスク評価」は起点として重要です。

5. リスク評価のタイミング

次に、リスク評価はいつ行うべきでしょうか? 筆者は、できるだけ初期段階で、ライトでもいいから、リスク評価をすることをオススメしています。 例えば、今回のようなイベントなら、企画が単なる案から、実行検討フェーズに入ったタイミングくらいが、リスク評価に適切だと思います。 このリスク評価ですが、自分たちで行っても問題ありません。 ただし、今回の事故のように「初経験」の内容が重要な企画では、入念なリスク評価が必要となります。 いくらリスク評価に慣れていても、経験のないイベントをリスク評価すると見落としや軽視しがちだからです。 こういった場合は、同様の経験を積んでいるプロに評価をしてもらいましょう。 今回の事故なら、公開禁止を伴うイベントに長けたプロ(イベント運営会社、広告代理店など)にリスク評価を頼めば、リスクの網羅的な提示に加え、予想される発生頻度や、そのダメージ(ブランド毀損など)を一覧で提示してくれます。 この一覧をもとに、どんな対策を採用すべきかを、コストと効果をにらみながら考えればいいのです。 これは何もイベントに限った話ではありません。 例えば、新たな事業を始める、新種の工場設備を導入する、販売ルートの見直し、といったチャレンジングな目標を立てた場合も同様です。 リスク評価を行うと、発生確率×影響度の数値でリスクを求められ、見える化ができるようになるのです。 また、こういったリスクが顕在化した時にどうするか?まで踏み込んで考えることで、事前シミュレーションまで行えます。 まさに、「備えあれば憂いなし」を実践できるようになるのです。

6. なぜリスク管理をしようと思わなかったのだろうか?

ここで少し想像の話をしてみたいと思います。 今回の事故は、思いもよらない事故や考えられないような失敗ではありません。 むしろ、社長である庵野さんが周りに聞いていれば防げたかもしれない事故が重なった結果、に見えています。 どうして、庵野さんは、リスク評価という発想に至らなかったのでしょうか? もちろん、外部から見ているだけの筆者には庵野さんの心の中は分かりませんし、裏の事情も知りません。 ですが、これは技術者集団の組織にありがちな思考パターンだったのかもしれません。 すなわち、「ファンが支えてくれている企画だから大丈夫」という性善説、「スタッフが目を光らせれば大丈夫」という根性論にもとづいた前提です。 逆に、「これほど価値の高いコンテンツであれば、ルールを破ってでも公開されるかも」「今はスマホも含めて、盗撮が実に簡単」といった事実を無意識に考えないようにしていたのかもしれません。 こういった組織の長の「お人良し」や「現状認識不足」は、リスクに対する感度を下げてしまうのかもしれません。

7. まとめ

今回は、2026年2月に起きた事故をベースに、リスク評価とリスク管理の大切さについてお話しました。 リスク管理が大事だというのは皆さん認識されていると思うのですが、現実にリスク評価を行おうとすると、時間もかかりますし、作ってみたリスクシートがホントに網羅できているのか?ということも不安になってくるものです。 そういった場合は、最初はリスク管理を得意とするプロに任せてみるのもよい方法だと思います。リスク評価を受ける範囲を絞り込めば、大きなコストをかけずとも、リスク評価を行ってもらうことは可能です。 日常的なリスク評価は自力でできることが好ましいのは当然ですが、最初の一歩はプロの助けを借りることも良い方法だと思います。 今回のエヴァの事故は本当に不運な事故でした。 でも、主催者側がもう少し、リスク管理の視点を持っていれば防げたのではないだろうか、という思いがどうしてもぬぐえません。 次回もお楽しみに 今日お話したこと:  ・現在の業務のリスク評価をやってみましょう。  ・新規の事業や取り組みでは、プロに評価してもらいましょう。  ・組織の長はリスクを意識し見える化しましょう。 (本稿は 2026年3月に作成しました)

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